2020年04月23日

旗揚げ公演「見えない敵」を書いたときと今

今や、世界中が新型コロナ一色だ。
今まで他国の戦争や疫病があっても、国内であれ、クルーズ船内だけのことなら、多分、他国事、他人事、でここまで関心や影響を及ぼさなかっただろう。誰もが足元に火がついてきたからだ。命に関わってきたからだ。
原爆舞台のインタビューで広島の方が、当時、戦争で不自由はあっても、まさかここに暮らす自分たちが一瞬で殺戮されるほどの危機感はなかった、と述べている。渦中になって、その本当の恐ろしさがわかる、と。

今はまだ良い。これからが怖い。コロナも怖いが人間も別な意味で怖い。
誰も正解や解き方を知らない問題を、それも命に関わる難問を時間の猶予なくボン、と出されたのだ。準備ができていない、誰もが今ある日常が当たり前に続くと思っていたからだ。経済的にあまり打撃を受けていないなら、感染覚悟で闘っている医療現場に比べ巣籠りくらいなんてことはない。マスクがなくても生きてはいける。
ただ、今後万一、世界中が自国を守るため閉鎖的になり、食料や物流などが行き届かなくなり、ライフラインにも影響がでたら、多分人は生き延びるためにいずれ暴徒と化すような気がする。もちろん、自分だってそうなったらどうなるか分からない、きれいごとなど言っていられないと思う。
戦争は人間から人間らしさを奪う、と体験者は口々に語る。ウイルス蔓延もある意味戦争なのだ。

旗揚げにやった作品「見えない敵」が今とリンクする部分があり、我ながらゾッとする。
当時、どうしてもこのメッセージを伝えたく劇団を創ったと言っても過言ではない。
作品は、人為的にばらまかれたウイルスが発端だが、未知の敵は想像を遥かに超え徐々に蔓延し、人体に侵入し遺伝子を知り尽くすと変異して、免疫破壊だけでなく脳を麻痺させ、やがて人は理性をなくし、身近な人をも襲うことに。
人は極限状態になると、善悪、理性の判断がつかなくなると言うが、ウイルスよりその怖さを描いた作品だ。警鐘と一抹の希望を残して。
当時は小説の中のこと、あり得ないと言われたが、平和な時にこそ、無関心でいてはならないことを発信したいと思っていた。今も変わりないが。
ただ、渦中にある今となっては感染が一日も早く収束することを願い、自分なりのできることをやっていきたい。
posted by ユウカ at 11:29| 日記