2021年01月07日

2021年1月7日の朝にて

本日、二回目の緊急事態宣言が出るそうだ。

寒波も国のお粗末さもひとしお身に染みる。ウイルスは忖度してくれないのだ。
春には見えない敵ゆえの対処法も怖がり方もわからず、後手後手だったのはまだしも、なぜ来たる冬に猛威を振るうと分かっていて夏のうちに最悪の事態に備える準備をしてこなかったのか。
ある与党議員が逼迫しても医療従事者には、その使命感でやってもらえることを願うとか、皆で感謝を伝えよう、とか云ってた。
火災現場で人を救出しようとしている人に、外から有難うとか、がんばれェ、なのか??
防火服や消火器やマンパワーではないのか。それを用意してやってこそ、その言葉が活きてくる。
別の議員は、他国に比べて日本は圧倒的に感染者が少ない、亡くなる方にはお気の毒だが、国のために経済を止めるわけにはいかない、GOTO云々・・。
なんだか、戦時下や特攻隊を思い出した。お国のためなら多少の犠牲は致し方なし。数は少ないというが、もしその死亡する人が当人もしくはその家族となっても、やむなし、と割り切れるのだろうか。
怖いのは、国に、政治家に期待してもムダだし仕方ない、という諦めに近い意識の人が多くなることだ。
保身、隠蔽、誤魔化し、責任転嫁、子供でもわかるウソも通用する世界で気持ちはわかる。
しかし、選んだのは国民だ。コロナ以外の病気や突然の事故で本来なら救える命も救えないという状況にもなってきた。こと命に関わる事態にまで、仕方ない、ではやり過ごせない。


昨年は、公的にはあらゆる予定が中止・延期・変更になった。コロナに関係なく私的には、まさか、こんなことが自分の身に・・と未だ信じ難いことも起きた、というより発覚した。
思えば、一昨年の年明けに、とある関西の有名な神社のお御籤を引いたら、なんと凶、別の神社でもう一度引いたら、まさかの大吉・・ただどちらも内容が意味深ながら似ている。一体どんな年になるのかと思った記憶がある。
因みに大吉のでた社務所で買ったお稲荷様の災難除けカード?なるものを年末久々に見たら、なぜかプラスチックを無理に捻じ曲げたようなくっきりとしたひび割れが・・・なのに割れていない。ギリギリのところで助けられていたのだろうか・・
日々の当たり前は、実は奇跡の連続なんだ、と聞いたことがある。当たり前に慣れすぎると、見るべきものも見過ごすと。
コロナでなくとも、昨年は人生の分岐点であった気がする。


posted by ユウカ at 10:18| 日記